岩村城 ₂₀₂₅ 🆕
てっきり 登城道 と思って しまう見学用新設石段上って行きましょうお三重櫓台確か 天守より 大きかった?いい石積みだ⇩ 追手門上 北側の屋鋪の石垣 枡形の石垣 ⇧新設の石段 その上の 法面間知ブロックで補修されてます崩れが酷かったんでしょうさらに 崩れ…
土岐門内から 登城道 振り返る門内も 石で敷き詰められている石段と共に施工されたものですね門から 上側を 見ますとさらに土岐門からも 石畳が続いてます両脇は 遺構のように見えます門から上へ右にカーブして 森の中に檜の木の間から 石垣ががさがさ 行く…
⇩屋敷 じゃなくて 屋舗でもなくて鋪でしょうか?大洋の スーパーカー?舗 常用漢字のようで昔は無かったのでしょう舗 と 舖 と 鋪使い分けできそうにないですぞさて一の門を 入って 右手が 屋鋪の 石垣と土手石垣でも 土塁でもなく 岩盤のままでもない下の部…
初門から上へどんどん 追い越されてます先が見えませんが 人が居ると わかります右に 廻り込んでますお石垣が 見えてきましたお~門 ですね門前の 折坂地形を利用して セオリー通りどんなもんでしょう?急坂 鋭角折れ左折れ 右上側に 櫓台これは 恐い左手前…
へっぴり腰で 藤坂 登ります森の入り口から 右にゆるいカーブ真っ直ぐになり 石畳の坂 登る夜露か 雨か濡れていて 滑りそう坂の上に 虎口のような?石畳の坂の 排水溝これは 遺構じゃないよね石畳の脇⇧ .最初は こんな感じだった のでは?檜の葉が 落ちてい…
右から(古い順) 丸に二引き まるにふたつひき 岩村城 丸に二引き 遠山景任 かげとう 織田木瓜 おだもっこう 織田御坊丸 勝長 犬山 三階菱 さんがいびし 秋山虎繁 武田方 右三つ巴 みぎみつどもえ 川尻秀隆 織田方 丸に片喰 まるにかたばみ 団 忠正 織田方 …
登城坂切り石が 敷き詰められてます広いピッチで 凸 ってますどう考えても 公園化の整備事業でしょう往時の 石畳とは考えにくいう~~ん どうなんだ?と思ってたら…スケールさんが 騒いでるなんだ なんだ知ってるお方の名前こんなところで…逢えるとは…と、予…
茶室 圓月 から下りてきますと藩主邸の広場の向こうに太鼓櫓 正門 蔵その蔵の 右側に知新館 とあるが両側が 教室でしょうか?長屋門 のようだがさらに その右手に 門これは 藩主邸の 門だろうか?この門の 瓦紋 は蔦・姫蔦これは 松平家大給松平家おぎゅうま…
石段を上がると 復元された 知新館 正門 防衛機能を持った 城の門とはちがうが門番の詰所があるようだいざという時の ことも 考えるわな頑丈な 扉とは 言えないものの 藩校の門にしては立派と言えるのではなかろうかこっち見てる小さく 磔最近 登場回数が 増…
おつや のお方信長の 父=信秀 の 妹信長の叔母と言っても 年下 2~3歳くらいとか4度結婚1度目…日比野清実に嫁ぐ永禄4年(1561年)森部の戦い甥の信長に攻められ 居城の結城は落城清実も討死この時 18歳2度目…3度目…信長が 岩村城主・遠山景任 かげと…
明知鉄道 恵那駅 までの ルート ①名鉄 犬山遊園 ⇒ 犬山 ホーム乗り換え ②名鉄 犬山 ⇒ 新可児 広見線乗り換え ③ JR東海 可児 ⇒ 多治見 太多線 ホーム乗り換え ④ JR東海 多治見 ⇒ 恵那 中央本線田舎モンが 知らない土地で 乗り換えネット情報と ICカードのおか…
歩き疲れて ぐったりお風呂に入って寝たら朝まず 窓の外 見るうっすら 赤い ような?日の出の時間には 起きれませんでした朝焼け たのだろうか…トホホ窓から 国宝天守額縁のような 窓枠にしたいものですさて関ケ原越え 二日目2城目 目指しますわりと ササッと …